2026/01/21 08:30

いつも同じ味で、どこで飲んでも大きくは変わらないもの。コーヒーに対してそんな印象を持っている人も多いと思います。実際のコーヒーはその真逆にあります。コーヒーは、赤い実をつける植物です。収穫され、果肉を取りのぞき、洗われ、乾かされ、火を通されて、ようやく私たちの知っている「コーヒー豆」になります。

前提コーヒーは、果実の種である。土地や気候、その年の環境、そして人の手の入り方によって味わいは自然と変わっていきます。産地、品種、標高、精製方法、その年の天候。そのときどきで少しずつ表情を変えていくもの。

コーヒーにも旬がある
「今日のおすすめは、どれですか?」そう聞かれたとき単に人気の豆や新しい豆を選んでいるわけではありません。今この瞬間にいちばん状態のいい豆はどれだろう。そんな視点で考えています。
コーヒーにも作物としての旬があります。収穫されてからあまり時間が経っていない豆は、明るさやみずみずしさが前に出やすい。一方で、時間が経つにつれて風味の輪郭はゆっくりと丸くなっていきます。そこに焙煎後の時間も重なります。焼きたてはガスが多く、華やか。でも、少し情報量が多い状態。数日から数週間が経つと余分なガスが抜けて、甘さの芯が、すっと立ち上がってきます。
豆の収穫年、ロットの状態、焙煎してからの時間。それらがふっと噛み合う瞬間。私たちは、そのタイミングを「いま、この豆がおいしい状態」だと考えています。

コーヒーから感じとる季節感
エチオピアの軽やかな果実味が不思議と身体にすっと馴染む日。コロンビアのやわらかな甘さが気持ちをゆるめてくれる日。グアテマラのハーブの余韻が季節の変わり目に静かに寄り添う日。
豆のラインナップを考えるとき、私たちの中にはいつも「あ、今はこの味をすすめたい」という感覚があります。それは、はっきりと言葉にできる理由ばかりではありません。同じ産地、同じ品種でも、「今日は、少し表情が違うな」と感じる瞬間があります。
コーヒーを通してそんな小さな変化に気づいてもらえたら。それは「季節を感じましょう」ということよりも、日々の流れにほんの少し耳を澄ますことに近いのかもしれません。

「いつもの一杯」と「旬の一杯」
Day & Coffee にとって、コーヒーは毎日飲める「いつもの一杯」であってほしい。同時に「今この瞬間の状態を味わう一杯」でもあってほしいと思っています。
毎回同じ味が届くことには安心感があります。けれど、「今日はこんな表情なんだ」と感じられる変化もコーヒーという農作物が持つ大きな魅力です。だから私たちは、豆の名前や焙煎度だけを伝えるのではなく「なぜ今、このコーヒーが美味しいのか」までできるだけ自然な形で共有したいと考えています。

店頭では、この考え方をもとに一杯ずつテイスティングコメントカードをお渡ししています。すべてを理解してもらうためのものではありません正解を教えるためのものでもありません。「今、このコーヒーはこんな状態ですよ」というひとつの手がかりとして。香りや甘さ、余韻。その言葉をヒントにしながら自分なりの感じ方を見つけてもらえたら嬉しいです。興味が湧いたら少しだけ立ち止まって、読んでもらえたら。そんな距離感でそっと添えています。

果実としてのコーヒーを、日常の中へ
コーヒーは、特別な人のための飲み物ではありません。難しく理解する必要もありません。ただ、果実として生まれ季節や時間とともに変化しているものだということ。そのことにほんの少し気づくだけでいつもの一杯は、少しだけ豊かになります。
「今日は、この豆の甘さを味わってほしいです」そんなふうに、静かにおすすめできる店を目指して。


Speaker:北嶋孝祐
Interview & Text:追沼翼